エピソード00
福岡市で美容室を営むMさんの持っていたテープが今回のストーリーの発端でした。
そこからKさんの手を通して私の所へ届いた一本のテープ聞くたびに、
感動して心が震え・・・聞くたびに涙してしまったのは、私だけでしょうか ?
Kさんから渡された一本のテープを何十回も何百回も聞いた
私は中村文昭なる人物に
興味を抱き、出張の合間に・・・・と行く決意をしました。
もちろん熱い、熱い手紙を懐にしたためて・・
初めて目にした、クロフネの店内は、想像を遥かに越えた雰囲気が
ありました。
そこで話をしたのが、総支配人の中村典義さん
中村社長のお兄さんです。
私は中村社長のテープを聞いて感動したこと、など私が知っている
言葉全部を使って伝えました。私が話しする以上に、
典義さんが熱い話をしてくれたのはいうまでもありません・・・・
スゴクアツイヒトデシタ
私の懐から、典義さんに手渡した手紙の中には、
九州にも熱い人達がいること、中村社長のファンであること
近々集まる予定であること、などをしたためていました。
「典義さんが読んで、良かったら中村社長に渡して欲しい」と
私の思いを伝えました。
実は、手紙の中には、既に福岡で一度集まったメンバーの名前と
簡単なプロフィールを
書いていて、最後に
このメンバーの前に、中村社長が現れたら・・・
みんなびっくり
するでしょうね・・・・
そんなことできたらいいですね・・・・
と、
書き添えていました。読み終えた、典義さんは・・
「行かせます、文昭を」
「えっ ?」
「そんな簡単に言われても・・・でも本当にいいんですか ?」
「大丈夫です。予定を連絡ください」
「本当に、本当ですね」
私は、何度も確認して、それから、おいしいランチを頂きました
結局当日は、
開店前にお店に着いて、15:00まで、色々話を
することができました。
・・・・・・・・典義さんありがとうございました・・・・・
貴方のOKがなかったら、今回の九州の企画もなかったと思います。
それから、
私のサプライズ計画が始動したのです。
日程が決まりました。---------→2004年9月6日
エピソード00
参加メンバーは、12名で、場所は・・・私の自宅でした。
突拍子もない発想だとは、思ったのですが・・・自宅で、
中村社長のファンだけで、
じっくり話を聞きたかったのです。
12名中7名は、当日中村社長が来ることは、夢にも思ってない人達でした。
福岡から6名、都城6名の小さな、小さな、でも
熱い、熱い、中村文昭講演会の日だったのです。
この日の集まる口実として、
中村社長を呼ぶ為の
決起集会ってことで、みんなには、
集まってもらいました。
しかし、当日は、折からの台風で、心配的中でした・・・
宮崎上陸・・・9月6日JAL羽田発宮崎行き16:45分は、
離陸予定が立たない状況 !
中村社長から電話が入りました。
「飛行機が飛びそうにないんですよ・・
福岡行きはなんとか飛びそうなんですが」
私のサプライズ計画は、失敗に終わるのか ?
既に福岡のメンバーは、
車で3時間かかる距離を移動中 !
「今日の人達は福岡とか、大分とかにこれから、移動できませんか ?」
あああっっ・・・サプライズ計画が遠のいて行く・・・・
「中村社長絶対大丈夫ですから、宮崎行きに乗ってください」
何も根拠は、ないのに、
ただ・・゛絶対に大丈夫゛と思っている自分がいました。
結局一時間遅れで、
宮崎行きが飛ぶことが、決まり、台風の中
中村社長は、飛行機に乗ることになったのです。
私は、秘書役の長女と一緒に、宮崎空港を目指しました。
空港に着いたのですが、
海沿いの地形の為、凄い強風です。
JAL便が、無事着陸した時には、秘書役の娘と、私は拍手していました。
同じタイミングで、中村社長の乗っている機内でも、拍手が起こったそうです。
空港で、中村社長を出迎え挨拶もそこそこに、車に乗り込みました。
順調にいけば、19:30スタートの講演会が、空港を出る時が19:30だったのです。
暴風雨の中、高速を飛ばしました・・・
今考えると高速道路が通行止めじゃなくて助かったのです。
移動中も、
携帯電話が鳴りつづけます。秘書役の娘に
「取るな」
と
言いながら運転し自宅に着いたのが、20:00 ・・・・
気付かれないように、中村社長に勝手口から入ってもらい、
いきなりのスタート
前振りを終え、
「中村社長のテープの話は、私が話しするよりも本人から話してもらいましょう・・・
じゃぁ 中村社長どうぞ・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ども 中村です」
「うぉぉぉぉぉっっっ」
「拍手・・・拍手・・・拍手」
私はこの時の、みんなの顔を一生忘れないことでしょう。
未確認飛行物体を見ても、鳩が豆鉄砲くらっても、あんな顔はしないでしょう。
本物だぁ・・・
この瞬間の為に、努力してきたのです。協力してくれたHくんにも感謝です。
して、小さい、小さい、熱い、熱い、中村文昭講演会は、スタートしたのです。
次の朝の8:00までは、中村社長のトークを誰も止めることは、できませんでした。
そして、次の7日の朝も10:00?15:00までみっちり話しを聞くことができました。
この日をきっかけにして、今回の九州の中村社長の講演会の運びとなったのです。
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